日日是好日

先日、映画「日日是好日」を見てきました。

森下典子さんの『日日是好日 ―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ―』を映画化したものです。

後半、禅でいうところの「見性」と言えるようなシーンがありましたけど、よかったですね。

そこで主人公は自分と仲直りしたというか、自分と改めて出会ったというか。
(そういえば「主人公」という言葉も元々は禅語なんですね。)

「峯の色 谷のひびきもみなながら わが釈迦牟尼の 声と姿と」

という道元さんの歌が思い浮かびました。

この歌、遥子さんが「『わが釈迦牟尼』ってのがまたいいよね」と言ってたんですけど、たしかに。

これは釈迦がわたしの内にあるというか、同じものとしてあるという意味で言ってますもんね。

話を戻しますが、茶道とか華道とか書道とかいろいろありますけど、頭を離れて見えてくる「道」はここにただあるもので、ひとつの同じものなんだろうなと、改めてそんなことを思いました。